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・・・自らの命を絶つことにより、その想いを後世に残す。下っては明治維新の志士の心に影響を与え、さらに400年の時を経過して、今回の追悼会に私も含めて多くの人を参集させ、そして奮い立たせる。
中村良雄先生から、河山の岡家は、十一庄屋の子孫に当たり、私もその一族に連なるので、と案内を受けたのは何時であったろうか。私の生まれた錦町府谷は、本郷のすぐ隣村であり、岡庚氏は父方の祖父の弟に当たり、不思議な縁にびっくりしたが、何の躊躇もなく自然に出席しますと答えていた。運命のようなものを感じていたのかもしれない。
そもそも、中村先生との出会いも不思議な縁であった。1年あまり前のある集会で、先生と話をする機会があり、内容は定かではないが、よく勉強されている筋の通った方だと強い印象を受けたものであった。その直後先生が訪ねてこられて、私には、高杉晋作の「草莽崛起(そうもうくっき)」の精神があり、何か心に響くものがあると言われて、励ましていただいた。その後、先生の郷土の歴史や特に明治の心に対する深い研究や一途な想いに感服しながら、常にご指導を受ける身である。
子孫の方々やお世話していただいた人達との出会いもあり、何とも言えず、さわやかな心に残る会であった。毎年春に成君寺で行われる供養祭にも、機会があれば出かけてみたい。
十一庄屋、維新の心を忘れず、一人ひとりの住民の心を大切にする政治にこの身を捧げたい。
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