感ずるままに(1)


 
 

 <省庁再編(平成13年1月24日)> 


 「大臣17人、副大臣22人、政務官26人。
 「政治主導の政策決定」がうたい文句。だが、これで政治が良くなるとは考えず、世間の目は冷ややか。根底にぬぐいがたい政治不信あり。どこかあきらめがある。「あきらめ」が「政治に距離を置くこと」につながり、職業政治家が好き勝手にするのを放置している。
 「忍従」から脱しようという動き。厳しい監視の目を向けなければ、自浄機能のない政治は限りなく堕落する。
 一府十二省庁体制のスタートは、従来の縦割り行政の悪弊を除き、真に国民の利益になるような行政のスタートである必要。「政治主導」とは、縄張り意識の強烈な官僚達を抑える事であって、政治家が巨大な利権をめぐって争うことではない。
 国民が「監視し,声を上げる」という行動を起こさない限り何も変わらない。
 新しい体制への不安は、内閣に入った政治家たちが、人事権を切り札に、利権のために官僚機構を蹂躙してしまうこと。政治家に対する国民の不信は、官僚に対するそれよりもはるかに大きい。」
                                      日経新聞(平成13年1月8日)より

 … 省庁再編で新しい体制ができるといっても、単にくっつけたり、離したり、ポストの数などは若干減っても大勢に殆ど影響はない。器だけ変えても、中身が変わらなければ、何の意味もない。戦後50年を経て、国の進むべき方向性を明確にし、果たすべき役所の役割を国民的視点に立って見直し、それに沿って再編を行うべき。
 政治主導といっても、役所に送り込む政治家やポストの数によって決まるものではない。政治が、政党が、国民の声を反映した政策立案の能力と意思を持つことが何よりも先決。そして、政策を実現するための手段として官僚機構を使うというのが本来の政治主導である。これができれば、最高権力者である大臣一人で役所をコントロールすることは十分可能である。もちろん、従来のように順送り人事ではなく、その分野の最高の人材を大臣に送りこむ必要があるのはいうまでもない。はっきり言って、今までは、政治の方に役所を意のままに動かそうという気持ちがなかった。逆に役所の言うことを聞きながら、それを選挙に役立つようにうまく利用する、お互いに持ちつ持たれつの関係であった。この関係を清算しなければ何も変わらない。即ち、政治とは、民意を反映しながら、常に国民全体の幸せを最大にするために政策を立案し実行するものであるという原点に返る必要あり。
 現在の政治や行政に対する不信は、縄張り意識の強い官僚の行政もさることながら、国民の声を聞いてその官僚をコントロールし、国をリードする権限を与えられているのが政治であり、その政治が本来の機能を果たしていないことに一番大きな原因がある。このことを肝に銘づべきである。全ての改革に先だって、政治家人一人ひとりの改革、そして政党の改革が先決である。これなくして、どんな改革を行おうとも、魂の入らないものになる。
 
  

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