藤岡市助関連資料の購入の経緯について、議会で議論になったので整理しておく。
藤岡市助は、岩国出身で、明治から大正にかけて、電灯会社や鉄道会社などいろんな会社の技師長や社長として活躍し、日本で初めて電灯や電車をつくり、日本のエジソンとも言われている。岩国でも、いち早く明治42年に、錦見(新町)と岩国駅間に電車を走らせたことでも知られ、現在、その電車をかたどった「いちすけ号」と呼ばれる赤いバスが走り、観光客の人気を呼んでいる。
その市助の遺品、当時の電球の数々や、学術論文など、市助の業績を研究する上で貴重な資料三千数百点が発見され、一昨年ご遺族より譲り受けた。現在、一応の整理をした上で、市助が英語などを学んだゆかりの旧岩国学校(現教育資料館)において展示公開されている。
昨年の決算委員会で、この資料の中の高価な刀剣がニセモノではないのかなどと大きな問題になったが、この刀剣は、当初より無償で譲渡されたものであり、この点については先方との確認もなされている。審議の過程で、事務手続きの不十分な点が指摘されたが、いずれも内部手続きであり、これによって、相手方との無償譲渡という事実が変わるものでもない。また、今回の資料は、様々な品をひとくくりにして、約1200万円で購入したものであり、一つ一つの価値が問題になるものでもない。
さらに、審議の中で、行政が事実と違う答弁をしたことが問題になった。外部の力などに影響されず、常に適正な行政執行に努めるべきはもちろんであるが、事前の調整の過程で、事実と異なる答弁をせざるを得なくなった事情にも注意する必要がある。
今回の一連のやりとりにより、ご遺族の方にご迷惑をかけ、さらに、郷土の偉人である藤岡市助の名誉に傷をつけたことにならないだろうか。
錦帯橋が、刻々と姿を変えていく。合間を見つけては、写真を撮る。一日中張り付きたい気持ちである。市助、錦帯橋、そして千代・・・、郷土の文化を大切にしたい。